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東京高等裁判所 昭和25年(う)2235号 判決

被告人

石水龍雄

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人帯野喜一郎の控訴趣意について。

刑事訴訟法第三一二條の公訴事実というのは犯罪構成要件該当の事実を含みこれを中心として統一された歴史的事実をいい、その同一性とは帰責的実体の同一なる場合を指称するのである。各具体的の場合において帰責的実体が同一であるか、どうかを決するのは困難な問題であるが、一方不告不理の原則を考慮し、他方審判の範囲、判決の確定力、延いて一事不再理の原則を念頭に置き、被告人の利害得失を衡量しつつ特に刑法保護の対象である法益に重点を置いて各具体的の場合に、他の事情をも合せ考え結局は社会通念によつて、これを決しなければならない。よつて進んで本件を検討する。起訴状によると「被告人は昭和二十四年十月十四日頃甲府市深町三百二十七番地古物商楠林子方において同人に対し、欺罔手段を用いてこれを欺し、因つて同人からその所有のアラメサージ等を騙取した」とあり、原判決の認定するところは「被告人は、右と同一の日時場所において網倉武子に対し、同様の欺罔手段を用い同人を欺して同人から、右と同一の物品を騙取した」とある。これによると犯行の日時場所も財産罪における被害物件も同一であり、且つこれを侵犯した手段方法も同一である。ただ異なるのは被害者であるが、本件記録に現われたところによると、被告人は右楠林子方で網倉武子に対し、右の如き詐欺手段を用いて同人を欺したので、同人は楠林子から右物件の販売委託を受け、自己の責任において被告人にこれを交付したのであるから、原判決認定の如く被害者は網倉武子であるが、検察官は起訴当時右網倉武子を単純なる取次人と見たため、被害者を楠林子としたが、後訴因を訂正して被害者を網倉武子としたのである。右の如き事情の下においては被害者の変更は公訴事実の同一性を害しないと認めるのが相当であるから、訴因の変更を許した原審の措置には違法はない。論旨は理由がない。

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